100周年の式典に向けて、現在【記念誌】を制作中です。

このHPでご紹介する写真は【記念誌】に掲載されるものの一部に過ぎません。

また「同期のページ」というものがあり、同期の皆さんの写真と文章で構成されます。
このHPを読んで、ひとりでも多くの先輩から「同期のページ」用の写真や文章をご提供いただけますよう、願っております。

「同期のページ」用の写真や文章に関してのお問い合わせはこちらまで

「同期のページ」の文章の一例として、平成6年卒の井上圭二先輩が書いてくださったものを紹介します。井上先輩は愛媛の新田高校出身で、平成2年卒の井上隆二先輩の弟。この原稿は一昨年の10月に書いてくださいました。この爆笑原稿を記念誌発行まで保留しておくのはあまりにも惜しく、全文を紹介させていただきます。

なお【記念誌】にはこのような名文・迷文・珍文(おっと失礼)が沢山掲載されます。

先輩方にお願いしております寄附金(一口2万円)にご協力いただけると、11月1日の式典は無料でご参加いただけ、また【記念誌】も贈呈いたしますので、まだ寄附金にご協力いただいていない先輩は、是非、ご協力ください。

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なお「同期のページ」の文章量は年代によって違いますので、井上先輩を基準にしていただく必要はございません。短文でも大歓迎ですので、是非、お寄せください

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 4年間を振り返る(平成6年卒 井上圭二) 

 大人への一歩手前、4年間という貴重な時間を過ごした我が剣道部が、今回大きな節目を迎えた。軽い気持ちで執筆依頼を受けた私ではあるが、いざ書こうとすると同期生の顔が次々と現れ、好き勝手なことを言っている。しかし、正直なところ、一人一人の行動を記憶しているわけではないので、そこは適当にかい摘んで紹介できればと思っている。大げさな表現も多々あると思うが、お許しをいただきたい。

 さて、何から書こうかといきなり悩んでいるが、とりあえず、剣道の都合、頭脳の都合など様々な都合が重なり合って、平成2年春、我々同期生は、たまたま18名で形成された。そして、同期生を兄弟に例えたとき、長男である主将は、インターハイを制し鼻息荒く参上した山下忠典であり、大学タイトルをも総なめにした、あの京都の名店「ふみ坊」の三男である。
 当然、彼は中大の看板であり、同期生の我々にとっても誇りであるが、


彼の本当の素晴らしさはそういった輝きを持ちつつ、嫌な雑用も率先してやっていたところの人間性にあると思う。実際、1年生からレギュラーであった彼は、1週間ぶっ通しで、寮当番をこなしていた時期もあった。おまけに、酒を飲ませると延々と飲み続け、一度泣き出すと止まらない。声が人の3倍大きく、人をけなすのが大の得意。そのくせ引き技が上手く、コンパには人の服を勝手に着て行く。挙句の果てに付いたあだ名は「ハクション大魔王」。そんな彼だからこそ、我々も絶大なる信頼を置き、うまくまとまっていたと思う。

ここで、長男以下、我々兄弟(15男3女)を紹介したいのだが、最近個人情報の扱いがややこしいので、当時の呼び名で超適当に記載する。

長男のハクション大魔王(山下)を筆頭に、コムケン(小村)、ケッタベラ(馬渡)、たけちん○(武知)、ゆーき(工藤)、デ・シュンション(竹田)、まっさん(松下)、サブちゃん(溝)、もーさん(毛利)、トウカイテイオー(平川)、オミ(尾見)、ジョニー(藤井)、けいいちろー(森川)、いとーちゃん(伊藤)、なかやま(中山)、きのピー(木下)、かとー(加藤)、そして、私、ほくろマン(井上)。

根っからの東京育ちもいるが、殆どは北や南の片田舎から出てきた者の集まりであり、日々の生活を計算式にすると、

(少しの授業+少しの稽古+溢れる程の酒)×365日×4年…?

って感じである。その酒に関して言えば、我々の溜まり場は、「にんじん(のちにCAMEL)」や「ホンキー」、「よっちゃん」、「鳥勝」、「ジェスパ」などで、特に、「にんじん」のママ、マスター、りえちゃん、みおちゃんは思い出深い。そして何と言っても「サントリーホワイト様」には、今でも頭が上がらない。そういえば、いつもアパートの鍵を閉めない寮外生がいて、たまの休みや門限のない日には勝手に上がり込み、飲み食いしていた場所があった。その部屋こそ、青森の努力家「毛利隆毅ルーム」であるが、田舎の風習なのか知らないが、雨の日も風の日も、年中開放されていた。そして、それが理由ではないと思うが、卒業前のグァム旅行で、カードで買ったルイ・ヴィトンの真っ赤な財布を、帰国後すぐに紛失してしまった。1か月後、文句を言いながら支払いをした彼は、どうしても納まりがつかず、また同じものを、しかもカードで購入したそうであるが、何とも東北人の粘り強さは脅威である。
 番外編でもうひとつ、ある事件が発生した「いぶき」という小料理屋を紹介したいのだが、紙面の都合で次回の「賦徳」で掲載しようと思う。


「抜けぇぇぇぇぇぇっ~!とおぉぉぉぉぉぉっ~!!」(注:原文は「抜け~、刀~。」)

 中大太鼓に合わせ、この掛け声で始まる日々の稽古。
個人的に、ではあるが、二日酔いの日以外、中大の稽古が嫌だった記憶はない。
<それは何故か?>
決して津村部長が稽古に来ないからではなく、主将を中心に、学生自身が主体性をもって稽古ができたからであり、そのスタイルの良し悪しはこの際抜きにして、私自身、大好きであった。
 ただ、せっかくの機会なので、皆様に1つだけ訴えておきたい出来事を紹介する。
それは、我々の在学中、新潟の中締め男?萬歳先輩が、半年間研修だか何だかよく分からない理由をつけて中大に来られ、無許可で南平に住み付いたのである。しかも世界のトップブランド≪トヨタ・カローラED≫を自在に乗り回し、異常に短い竹刀を片手に、ニヤニヤと毎日稽古に来やがっ、いやっ、来られた。「これは大変だ!」ということで、いつになく部員一丸となり、様々な小細工を計画したが、誰もが容易に想像するように、そのお蔭?で、毎日の稽古は最悪、サイヤ人であった。私は剣道部をやめ、サークルに移籍しようかと、正直悩んだ時期もあった。
 そのお礼に、寮で開催したお別れ会では、思いっ切り飲んで頂いたが、「二度と戻ってくるな!」と叫んでいたのは私だけではないはずである。

 さらに、稽古での思い出と言えば、準備体操を兼ねた、約30分間の厳しいストレッチがあった。そして、それはいつの間にか≪ハンカチ落とし≫へと変わり、更に調子に乗るとそのまま稽古が終ってしまう。素晴らしい中大剣道部!
 余談ではあるが、私の仕事の関係で、子供の運動能力を高める「コーディネーショントレーニング」というものを最近知った。これは、子供の反射神経やリズム感、バランス感覚などを養うもので、昔は、鬼ごっこや缶蹴りなどの遊びの中で自然に身についていたものらしい。私は、その話を聞いたとき、この≪ハンカチ落とし≫が頭に浮かび、試合時における、中大独特のあのセコイ技、あの演技力、あの防御力などは、その賜物だと確信したのである。知ってか知らずか、いち早く稽古に組み入れ、それを継続させてきた諸先輩方に対し、深い敬意を表したい。恐るべし中大剣道部!

 平成6年に卒業し、ちょうど10年が経過した頃、誰からともなく同期会の話が持ち上がり、相変わらず努力家の毛利幹事のもと、平成17年8月、栃木県・鬼怒川温泉で初の同期会が開催された。関東組は別として、地方に暮らす者にとって、久々の再会は何とも言えない気持ちで、集合場所となった東京駅でのあのドキドキ・ワクワク感は、コンパでのアルタ前にも重なったのは私だけではないと思う。
 残念ながら2名の欠席であったが、総勢16名で、昔の思い出や近況報告など、一晩では到底話し切れない多くのネタに、久しぶりに大いに盛り上がり、大いに笑った。特に、普段のストレスからか、ケッタベラ君とデ・シュンション君、いとーちゃんの盛り上がりは異常であり、現役時代よりもパワーアップしていたようにも感じた。幹事の毛利君には同期への連絡からホテルの手配、気の利いた記念品の準備まで大変な苦労をかけた。本当にありがとう。次回は、日本最古の温泉、松山・道後でヨロシク!。

 中大剣道部の一員として苦楽を共にし、それぞれの社会でそれぞれに生きている現在、たまにではあるが、学生時代のことを思い出す。ついでに言うと、
「自分は本当に卒業したのだろうか?」
…などという、いまだにキャンパス内をウロウロしている悪夢を見る。ただ、思い出は、
きれいなものとして保存される傾向にあるが、私もそのひとりであり、まず、半人前の我々をひとりの人間として接して頂いた、先生・先輩方に対し、改めて感謝を申し上げたい。

 また、剣道一直線の連中が、中大という自己の頭脳レベル以上の大学に入り、剣道だけなく、賢い連中など様々な人と接するなかで新たな気付きをもらい大きく成長させてもらった。師に出会い、友に出会い、酒に出会い、そして女性?に出会い、本当に充実した学生生活を与えて頂いたことに心から感謝している。
 たまに、「趣味=剣道」と勘違いされることがあるが、私にとって剣道とは趣味ではなく、今の自分が形成された基盤であり、性格や人との付き合い方、仕事のやり方など、それは、剣道によって培われたものであると思っている。だから、実際に剣道をやっているいないに関係なく、切っても切り離せないものであり、剣道というベースに中大の生活から得たものが加味され、今の自分が存在していると思っている。
 今回を機に、私なりに中大の≪スタイル≫というものを考えようと思い、同期生や諸先輩、後輩など色々な顔を思い浮かべてみた。すると、

①特にでしゃばるようなことはしない。
②必死なところを見せない。
③周囲に流されない。
④しっかりとした自分の考えを持っている。

という傾向が見えた。

本文の締めにあたり、敢えて≪中大スタイル≫を定義づければ、

≪美空ひばりのようにしなやかに、そして、さりげなく、
  しかし、しっかりとした存在感をもっているBIGなヤツ≫

って感じかな?

在学中、大変お世話になったある会社の元社長さん(大先輩)が、酒に酔うたびに
「名門中大剣道部!」
と口癖のように言っていたが、私自身も今になって、そう思う今日この頃である。

中央の名がいつまでも光あることを祈念し、締めとしたい。

*卒業前のグアム旅行の様子はこちら(当時4年生)

*平成4年(1992年)の夏期合宿の様子はこちら(当時3年生)