弔 辞
津村耕作先生のご訃報に接し、先生を知る人、先生を慕う者は一同、落胆の極みにあり、大きな悲しみに覆われています。しかし、本日ここに、先生のご葬儀が執り行われるにあたり、その悲痛に堪えながら、謹んでご霊前に弔辞をささげたいと存じます。
先生が、日本の剣道界と中央大学をはじめとする教育界に捧げられた御功績は、さまざまな記録とともに、数多くの人達の記憶に刻まれています。そして、先生が生涯をかけて、私たちひとり一人にお示し戴いた御仁徳と教訓は、誠に計り知れません。
津村耕作先生は、昭和一四年六月二五日に和歌山県和歌山市にお生まれになり、和歌山大学附属小学校・同中学校、県立和歌山商業高校を経て、中央大学商学部に進学され、中央大学剣道部に所属されました。以来、選手として、コーチとして、監督として、部長として、師範として、五四年の長きにわたり、ご活躍になり数々の御功績を果たされました。
とくに、全国学生剣道優勝大会では、学生時代に選手として二度の優勝を飾り、コーチおよび監督として中央大学を八度も優勝に導かれました。平成二年には、当時最年少で、八段の段位が授与されました。それらは、御自身の実力と指導力を遺憾なく発揮された証左であります。また、学生剣道界のみならず、実業団でも師範をお務めになり、社会人にも数多くのお弟子さんを育てられ、日本の剣道界において広く指導力を発揮され大いに貢献なさいました。
津村耕作先生は、中央大学を卒業後ただちに中央大学体育研究助手となられ、その後、法学部専任講師、助教授を経て、昭和六一年に法学部教授に就任されました。法学部教授会では、保健体育部会、総合教育科目担任者会議に所属されて、議論のとりまとめに主要な役割を果たしておられました。津村先生の授業は、学生からの人気も高かったと記憶しています。平成二二年三月に御定年をお迎えになり、長年の教授としての御功績に対して中央大学名誉教授の称号が授与されました。日本体育学会や日本武道学会に所属され、「実践剣道」ほか、多くの著作も残されました。体育の理論と実技を架橋する津村先生の教育研究実践の多くは、後進に引き継がれています。
私自身、津村先生には、学生時代より長きにわたってお世話になったひとりです。中央大学法学部の専任教員に迎えて戴いた際には教授会で最初に声をかけて下さいました。「福ちゃん、これからは一緒に頑張ろうよ」と。そのお声が今でも耳に残っております。
そして、平成九年度に在外研究に旅立たれるとき、思いもよらず、留守中、「剣道部長を頼むよ」と大役をお命じ戴きました。伝統ある中央大学剣道部の部長を拝命して、ただただ懸命に務めさせて戴いたことが昨日のことのようであります。そのときに剣道部の皆さまにお導き戴き、経験させて戴いたことは、現在、中央大学学友会会長として学生諸君のスポーツその他全般の活動を見守る私の原点でもあります。それは、また、厳しくも暖かい目で、伸び伸びとした学生の態度を見守ってこられた津村先生の眼差しを引き継がせて戴いていることでもあります。
津村先生は、奥様八重子様、三人の御子様とともに、仲睦まじく和やかな御家庭を築かれました。私も何度か御自宅に参上しては、皆さまから暖かなお持てなしに与りました。
津村先生が御定年をお迎えになる前、御病気のため入院加療の日々をお送りになった際、奥様・御家族の結束、愛情に満ちた支えがあったればこそ、治療が効を奏して、日常の生活にお戻りになられたのだと思いました。先生の病状と体質に合った治療法や薬を求めて奥様がたいへん努力されたこと、見舞い客を逆に励ましておられた先生の気丈さと優しさが思い出されます。ご退院の後、あちらこちらでお見受けし、あるときは再びゴルフコンペでご一緒することもできました。各地で剣道のご指導も再開されたとのお話も聞きました。
その時は奇跡的な回復を嬉しく感じたのですが、今思えば、それは津村先生が体調がすぐれずとも、御自身を待つ人達とお付き合いをして下さっていたのではないでしょうか。それであれば、そのとき、もっともっとお話をしておけばよかったと、悔やまれてなりません。しかしまた、それは津村先生が私たちにお示し戴いた生き方そのものであったと、ただただ感謝に堪えません。
再び御入院なされたとのお話を伺って、誰もが再びの奇跡を信じておりましたが、今月二三日、先生は永遠の眠りにつかれました。御家族の皆さまのお気持ちやいかばかりかと拝察し、謹んでお悔やみを申し上げます。
今、凛とした剣道着姿で、厳しくも、どこまでも優しい眼差しで周囲を見渡し、人生という道場に深々と一礼をされる先生のお姿が目に浮かびます。私たちは先生の示された優しい人への思いやりを大切にして、人が人を育てる中央大学の伝統を守り育んで参ることをお誓い申し上げます。先生、どうかこれからも私たちをお見守り下さい。
深く哀悼の意を表し、御霊の安からんことをお祈りして、弔辞といたします。
平成二四年四月二八日
中央大学総長・学長 福原紀彦
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告別式当日、身体を震わせながら、時折涙声になりながらも一度も詰まることなく、
この弔辞を最後までしっかりと読み上げていただきました。すばらしい弔辞でした。
その内容に感銘を受けましたので、参加できなかったOBにもぜひ読んでいただきたいと思い、部長に相談して、原稿をいただき、ご家族の了承を得て、公開させていただきます。福原学長、すばらしい弔辞をありがとうございました。
なお、参列者にはこのようなボードが用意され
各人がそれぞれの想いを書いて先生に伝えました。
「これからも、天国で、ホームページを見てください」








